-2010 社会環境の最近のブログ記事

基礎英語3を継続的にやれているここ最近ですが、

やはりストーリーがわかってくるとやっていて面白いなと思う。

基礎英語3はやはり中学生が主人公なので、

わかって来ても現実味にかける。

そこで基礎英語3レベルで内容だけを大人向けにしてみると言うのは

かなり面白いのではないかと思う。

設定はアラサーサラリーマンの普段の生活だ。

ビジネスの分野は本当のビジネス英語学ぶわけではなく、

飲み会での上司や後輩との何気ない会話とかメインになる。

さらに趣味や恋愛ストーリーも盛り込む。

出来れば昼ドラ並の激しさがいい。

初回は、主人公が同僚の結婚式に出て、

そこの二次会で出会った年下の女の子とコンパを開くことが決定するとこから始まる。

そこから泥沼のストーリーが始まるのだ。

今日、たまたまアフィリエイター(と名乗っていたわけではないが、ある程度アクセスを稼ぐサイトを作っていた人)と話していて、巷で蔓延っている情報がかなり小手先のテクニックに偏っているのではないかという結論に達した。

というのも、その方はかなりの初心者でサイト作成を始めSEO対策的なことをめちゃくちゃやっているわけではないのだが、ある程度のアクセスを稼ぐサイトを作っていた。

もちろん、1日何万という商業サイトのようなアクセスは無い。
しかし、アフィリエイトでいい感じの小遣いになるぐらいは稼いでいる。そのぐらいのアクセスは稼いでいる。

結局は何が重要かということについて、我々は原点に立つ時が来ているようだ。

大事なのは「情報の質」ということを。

世間ではワンタッチのプロモーションが流行っているがそれだけではまずいし、

そういうのがはびこり過ぎていて、やり方によっては逆効果になりえる。

情報の質が保たれていれば、常連さんも不思議と生まれてくる。

つまり、アクセス1件の価値も上がってくるのだ。

サイトを運営する上で、情報の質を、深く考えて行く必要がありそうだ。

次回は情報の質の種類について書きたいと思う。

物流革命、その2。

一年前に書いた記事「パラダイムシフト No.1」の一部、「物流革命」の兆しが少しずつ見えてきているので、さらに掘り下げて考えてみる。

以前、どんなことを書いたかというと、

「企業の在庫情報や発注情報がすべてクラウドになれば必然的に物流革命が起きるから、世界中の品物がすぐ手に入る。」

つまり、クラウド化によって、どこに届けるのかという情報があらゆる業種・企業間で集約されることで、物流コストが圧倒的に下がり、それに加え効率化され、品物がすぐに手に入るというもの。

それから一年が経って、先月アマゾンが通常サービスとして送料を無料化してきたのは、記憶に新しいが、昨日のニュースでは、マクドナルドがデリバリーサービスを開始するという話題が出てきた。

アマゾンのサービスに関しては、効率化によって物流コストがかなり下げられたから実現できているのだろうと思う。

マクドナルドに関しては、結構前にケンタッキーがすでにデリバリー始めていることもあって、そんなにものめずらしいものでもなかったんだけど、マクドナルドというこの業界のトップがこういった今までちょっとニッチだったやり方をしてきだしたということは大きいと思う。

ここに来てよくよく考えてみると、情報(ものではないもの)に関しては即時提供が当たり前になっているのに、ものに関しては購入から手元に入るまでかなりブランクがある。

即時手に入れたかったら「店にいかないといけない」ということである。

この「店に行かないといけない」という今まで当たり前だった行為が、我々がかなり億劫になってきているようなのは間違いない。

これの流れは社会全体の環境が変わってきているという背景もある。

先月、経産省が発表した内容によると、近くのスーパーの閉店などで食料品など日常の買い物が難しくなった「買い物難民(主として高齢者)」に対して、対策に取り組む業者に対して補助金を出す制度を創設したという。

買い物難民については以前から話題になっていて、宅配事業者とスーパーがコラボして無料で配達したりと、いろいろと動きはあったが、補助金まで出だした。

これを冷静に考えてみると、以前のやり方であるならインフラを充実させようか、とかそっちのアプローチだったと思うんだけど、今は違う。

こっちから届けようというものだ。

高齢者の方はますます運動不足になってしまうのでは、という話はおいといて、世の中全体がデリバリーの発想に来ている気がする。

今回紹介した内容はかなり一部で、探してみるとモスバーガーやファミレスなど、いろいろな業種が進出してきている。

すでに競争になってきているが、マクドナルドが進出することで今後さらに競争は過熱すると思う。

今は前提となっている宅配料金(一部は、宅配用メニューを設けたり、何円以上買ったら無料など)については完全無料になることは間違いない。一品から無料になる。

しかし、それには効率化が必要になるのは間違いなくて、宅配事業の提携がかなり広がると思う。

すでにあるのがビザ屋とファーストフードのコラボ。ジャンルが違えばつながることは出来る。

なので、スーパー、ピザ、ファーストフード、ファミレス、すし、和食、ラーメン、ハンバーグ、中華などなど、いろいろなお店から受けた注文がひとつのデリバリーセンターから宅配するということが考えられる。人件費や設備投資などなどかなりの効率化が見込まれる。

そのうち、マクドナルド陣営、ケンタッキー陣営、モスバーガー陣営とかになる。

あと、宅配が出来るということは集荷も可能になってきて、良くあるバイク便が破格の値段で可能になったりする。

そうなると、困るのは個人商店。以前から出前サービスをやっているところはいいけど、エリアは限られているし、今までやっていないところは慣れてないからそう簡単で出前できないと思うし。

そういったニーズを一気に担う宅配ベンチャーとか意外に需要あるのかもしれない。

こう考えてみると、本当に人間動かなくなるなぁと思う。

外食なんて焼肉とかに限られてくるような気がしないでもない。もはや焼肉に行くこと自体アウトドアになる。

以前も書いたけど、外出自体がスポーツになるなぁと妄想が膨らむ。

だが、実際に「お店に行くのめんどくさい」という流れは結構来ていて世の中全体がその方向を向いている。

そして、前提として、いくらIT化されたとしても物理的なものはなくならない。

続く...

新手な雑誌ビジネス

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つい2,3ヶ月前にもあったんだけど、

ニュースリリースをバンバン出していると、

こんな電話がかかってくる。

「是非、取材をさせて欲しい」

「こんな有名人がインタビュアーとして訪問します」

と、かなりの怪しさ。それが今日にもかかってきた。

この手の電話をよく聞いてみると、

「取材費が少し必要になります」

とくる。

相場は5万前後のよう。

実際、ちゃんとした雑誌として編集はしてくれる様なので、

これを広告費として割り切ってやってもいいのかもしれないけど、

それは自分の中の価値観の問題。

そして、自分のバリューがまだまだ全然ないなぁということを知らしめられる。

しかし、こういった業界がひとつだけではないことに今日は驚いた。

これからは起業がもっと進むと思うけど、

何十年もお金をためて起業が夢で脱サラした人などはターゲットにされやすいんだろうなと想像する。

そういう意味で今後意外に需要あるのかも。

話題作りの対価

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ドミノピザが時給250万円のアルバイトを募集したことで話題を集めている。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20101028_domino_250man/

ちょっと前に、時給11万2000円で話題になったかと思ったら、今度はもっと桁をあげてきた。

しかし、この戦略。

めちゃくちゃ安いPR戦略やろなと思う。

賞金で250万なら普通かもしれないが、

「時給」なら破格になってしまう。

話題性を作るには安すぎるんだろう。

この話題性、このような例だけでなく多く耳にする。

最近、知ったのはソフトバンクの育児一時金の例。

ソフトバンク社員は、子供が3人目が生まれたら100万円支給される。

さらに第4子には300万円、第5子には500万円と、額はとんでもないことになる。

これも市場によってはかなりのPRになっている。

こう考えると、分野は違うけど250万はめちゃくちゃ安いことになる。

ただ、このようなやりかたには賞味期限がある気がする。

「時給11万2000円」をやった後に、同じような時給では全く話題性にならない。

それで、ドミノピザは25周年だというのに25万円ではなく、250万円にしたのだろう。

これも違った切り口があれば、少ない額でもPRできる道はあるはず。

これから工夫を凝らした戦略が次々と出るんだろうと思う。

これはスケールメリットがるとしても、大手だけが持っているものではない。

ちっちゃいところがガンガンいけるチャンス。

今週のホリエモンのメルマガに反応してこんなツイートした。

今日のホリエモンのメルマガで会社経営は性善説ではやってられないところがあると言っていた。うなづけるけど、その他の経営者にも聞きたいところ。確かに下手に性善説やってたら潰れそうだけど。less than a minute ago via Twitter for iPad

ちょっと言葉足らずのところが多いのでここで詳しく書こうと思う。


さて、メルマガにはこんな感じのことが書いてあった。

「(会社を経営している読者からの《従業員に支払う残業代が高くてうんざり。仕事は時間で評価するわけではないのに、今の従業員を守る労働法にはうんざり。アドバイスないですか?》という質問に対して)
性善説ではバカバカしくてやってられないので、社員とか雇わないほうがいいんじゃないですかね。」
(引用許可を得ていないので、ニュアンスになってしまうことをご了承いただきたい。かなり省略しています)

これに関して、他の経営者の考えが気になった。

というのも自分は、性善説が最良だと思っていた。

例えば、残業代を不正請求したりする社員なんて基本的にいる訳が無いという立場からだった。つまり、社員は会社のためになることをするのであって、会社が不利益になるようなことはしないという考え。

もしいたとしても、社内関係うまく行く訳ないので、自然淘汰されることだろうと思った。

このような性善説こそが、人がついて来るリーダーの考えだと思うし、性悪説でいってしまっては、社員に対してつねに疑いの目を持つような形なので、社員が疲弊していくように思った。

確かに、セキュリティのようなリスク管理の観点では、ヒューマンエラーを如何に避けるかというのを仕組みとして作らないと行けないけど、その仕組みだけみると、例えば情報を外に持ち出さないなどの、一見性悪説とも取れるようなルールになるかもしれない。

そういう意味で性善説だけではいけないことはわかる気がするし、それだけでいったら潰れてしまうと思う。

しかし、メルマガでは、残業代に関して焦点が当たっている。

これであれば、例えば一人の社員が残業代を不当請求したとしても、多くの社員のモチベーションにつながるのであれば、トータルでどちらが有益は目に見えているんじゃないかなと思った。

しかし、メルマガの質問者は残業代を支払うこと自体を嫌がっていた。
多くの社員を責任者にして固定給にする作戦も、某企業が摘発されたばかりということで、そういった人事もできない。
そもそも時間あたりで稼いでいる訳ではないので、という考え方のようなのだ。

これを見たとき、正直自分が甘いのかなとも思った。

企業経営なんてやったことないので。人を雇ってそこでどうなるかなんて、経験からは全くわからない。

そこで、他の企業経営者に聞きたいなと思った。

<追記>
ここで書いて何となく感じたのは、
性善説、性悪説の話ではゴールがないかな。

サイトを運営してあるご指摘をいただいた。

「子供」という表現に疑問です、というものだ。

一瞬、何を指摘されているのか、全く分からなかったが、

子供という表現にはあまり良くない意味があるようである。

「供」という漢字がどうやらだめらしい。

良くない意味があるというより、

良くない意味に捉えられかねないところがあると表現したほうがいいかもしれない。

「こども」を変換すれば嫌でも出てくる「子供」という漢字。

メディアをやる上では気をつけないと行けないのだなと初めて気づく。

ほかにもいろいろ気をつけないといけない表記があるようである。

「父兄」もだめ。「保護者」を使わないといけない。

知らず知らずのうちに使ってしまいそうである。

今後、こういった表記問題は気をつけていこう。

一言、この言葉を発した瞬間、知っている方にとっては、

失言ととらわれてしまうようなのだ。

当たり前だが、以前からイクメン関連の情報には敏感になっている。

日々、アンテナを張り巡らせて情報収集をしているが、

時として、イクメン推進に対する批判を耳にする。

これはもちろん私に対する批判ではなく、主に厚生労働省に対する批判である。
(私に批判があつまるぐらい有名になればいいのだが、それはまた別のはなし。)

批判といってもたいていの場合、「こんなんしてどうする?」というものである。

場所はいろいろ、ブログでありツイッターであり。

これはいろんな意見があって深まると思うので、全然気にも留めていなかった。

しかし、本日、思わず反応してしまいそうになる記事があった。

それは、社労士さんのプロとしての記事だったので良ければニュース元として紹介しようと思った。

でも、読んでみたら厚生労働省の批判だった。

「子供は自分には関係ないから勝手にしろ」的なことまで書いてある。

業務内容をみたら、人事制度や就業規則に関するものがある。社労士さんなので当たり前だけど。

ブログ記事では育児や介護にまつわる労働法についても解説している。


正直私は、絶句というか、それよりかは「ショック」だった。

ショックで倒れそうだった。

子供について、個人的には関係なくても、社労士さんの仕事柄ものすごく関係してくるところだと思う。

このような社労士さんが、何も詳しくない中小零細企業の社長さんに同じようなことを話しているかと思うとぞっとする。


そして、よくよく記事をみたら少子化問題の解消のために役立つのかと論じてある。これはプロとして単純化しすぎだと思う。

と、ものすごく反応したい気持ちを記事にしてしまった。


ここでは、もう少し踏み込んで、なぜ社労士さんがこのような感覚になっているのか考えてみたい。

というのも、この社労士さんにとって、この動きがしっくりきていないんではないかと思う。自分の感覚とはちょっと違う動きなんだと思う。

自分には関係ないと言い切ってしまっているので、そもそも従業員が父親になるという感覚を考えることを全くしていないのかもしれない。

こういった感覚にどう入っていけばいいのだろうか。

やっぱり、株式会社ワーク・ライフバランスの小室さんがいっていたみたいに、相手によっては介護問題から切り出してみるという手でいくしかないのかな。

いろいろな意見をききながら、
こういった認識のギャップを少しでも少なくしていきたい。

昨日、久々にランニングをした。

実際には走っている間、ずっと考え事、というか構想ばかりしていたのであまり走ったという感覚はなくて、頭の整理とブレストしにいったような感じだ。

今から行うことの優先順位が整理され、新たなアイデアがいろいろ浮かんだ。

といっても、基本的にはボーっとしているだけである。

目の前にはパソコンもテレビもなくて、耳に音楽だけが入ってくる。

音楽を真剣に聞くわけではないので、基本的には何もしていないのと同じである。

考え事をするとき、頭をクリアにしたときは、このような半分不自由さがあるような状態が一番冴える。

例えば電車での移動。枕元。そして、ランニング。

ある目的に対してその手段を講じているのだが、その手段があまりにも暇すぎて考えざるを得ない状態になるときだ。

なかなか気が向かないと出来ていないランニングだが、そのメリットを実感すると違った取り組み方が出来るのかもしれないと思った昨日だった。

さて、本題はここからになるのだが、走っている最中にこんなことを思った。

「なりたくない大人に自分はなりたくないと思っているが、そのなりたくない大人ってなんなんだ?」

これである。

自分の中で漠然とあるこの「なりたくない大人」というイメージ。

これは子供が生まれてからより意識的になっていて、この「なりたくない大人」にいかになるまいと動いている気がしないでもない。

それは、たぶん自分が子供のときに何らかの大きな影響があったのだと思うがそこを深めるのはまた後にして、この「なりたくない大人」ってなんやねんというところを掘り下げていきたい。

掘り下げるといっても、自分の中でもこの問いに対してある一定の答えが出ている。

走っている最中に、ふと浮かんだ。

「イチローは、このイメージには絶対当てはまらない」

ということである。

もちろん野球がやりたいわけではない。

イチローを深く知っている方なら、野球の成功ではないところに焦点を当てて注目できると思う。

私はそんなにイチローを知っているわけではないのだが、コーチングを学ぶ課程で、このイチローが何度も出てくるのでその焦点を知ることができた。

一言で焦点を当てるべきところを表すと、イチローは「野球が好きだ」という根底の感覚をすべての行動に反映させているということである。

反対な表現を使うと、すべての行動の根底にあるのが「野球が好きだ」ということである。

我々は大人になっていく過程で「他者のニーズ」にこだわってしまい勝ちである。

しまい勝ちというか、社会人として前提として「他者のニーズ」の渦の中にいるようなものである。

そして、我々は「他者のニーズ」と共にこだわってしまうのが「結果」である。

これはどうしても結果で評価されてしまうので仕方がないことであるが、それは他者から見た話で、自分までこの「結果」にこだわってしまうのである。

大げさな言い方で表現をすると「他者のニーズ」を一生懸命考えることで、「自分のニーズ」が置き去りにされてしまっているということである。

一生懸命、何かに取り組んだ。「よしOK!」その後「あれ、俺って何がしたいんだったっけ?」となって、その環境が「何か違うな」とか言い訳を言って逃れてしまうことはよくある話だと思う。

「結果」の話でいうと、結果は自分が100%の要素ではなく、条件、環境によって複雑に出来た産物である。その結果に振り回されることによって、「自分の実感」が置き去りにされてしまっているということである。

例えば「こんなにがんばったけど結果が出なかった」という話をよくしてしまうが、そこには本当に何もなかったのかという自分の実感が二の次になっている。本当は、実は手ごたえが一部ではあったのかもしれない。

いろいろなものに振り回されているうちに結局のところ「自分」がなくなってしまうということかもしれない。

自分のために自分を生かされていないという感じ。

私はこのような大人を「なりたくない大人」としたい。

「なりたくない大人」というより、たいていの大人はこうなっているのが現状だったりする。

だからこそ、というところである。

しかしながら、イチローのような感覚の使い方がネイティブに出来る人は限られている。

何とか自分をマネジメントしていきたいなと感じる。


※以上の内容は、いろいろな人から聞いたイチローの感覚であるので、若干ニュアンスが違うかもしれない。その場合は指摘してください。

アイデア

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アイデアを我慢するのはもったいないなぁ。

やれるキャパは限られてるていっても、限られた範囲のアイデア出ししかやらないのは質が下がりそう。

出来るなら考えつくアイデアを全て出してその中から吟味したい。

ただし、全部やれそうでも全部やってはこの場合いかんのだろうな。

リソースは限られているから、選択と集中やなぁ。

もちろん、出来ることなら、全部やりたいのだが。

プロフィール

マス風
ライター:岩田真和
ニックネーム:マス風
性別:男性
誕生日:1984年7月7日0時41分
血液型:O型
メッセージ:人間の認識の根幹である視覚、聴覚、、嗅覚、味覚、触覚、意識(いわゆる六根)をどう感じていくかをテーマに、日々アンテナ感度を上げながらすごすマス風の綴り。

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2007年から、マラソンをしています。

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