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2010年12月12日

[ショートショート] 新聞配達員のリョウジ

高校を辞めたのはいつの日のことだっただろうか。

あの日から一般世間から離れる生活をおくってしまった。

そう、その日から一歩も外に出れなくなってしまったのだ。

出歩くことが出来るのは、世間が寝静まってから。

もちろん、そんなに遠くに行ける訳ではない。

コンビニに、夜食を買いに行くぐらいなのだ。

それが僕が世間との唯一の接点だった。

そして、気づくと20歳を迎えていた。

何もない時が過ぎていた。

世間ではどのぐらいのスピードで時間が過ぎているのか、

そんなことには関心を向けることのない期間。

日が昇るとともに、眠り、

夕方のドラマの再放送を寝ぼけながら見て起きる。

そんな生活が、もう何年も続いていたんだ。

何にもない日々。

そう思っていた。

自分の一日一日には何も価値はない。

それが、普通だった。

だから、何も感じない。

そんな僕が新聞配達を始めたのは、あの人、

そう安西さんに出会ってからだ。

僕は今でも鮮明に記憶している。

コンビニに新聞をおろす、安西さんの笑顔だ。

別に夜中に笑顔の人が珍しいわけではない。

コンビニ店員のタツヤさんも、ものすごく笑顔だ。

でも、安西さんの笑顔には何かが隠されている気がした。

安西さんは、新聞をタツヤさんに手渡すと、

数秒もしないうちに次への配達先に向かっていく。

タツヤさんとは言葉にならないような言葉で。

挨拶を交わすだけだ。

この人はなんだろう。

唯一の接点だったコンビニに訪れる、

唯一の刺激。

その頃は、自分の顔を鏡で見ることなんてなかったけど、

多分、僕の一年分の笑顔が、安西さんにはあった。

だからと言って、もちろん、声かけることなんて出来なかった。

ただただ、憧れるだけ。

いつの日か、僕はコンビニの片隅においてあった、

タウンワークを手にして帰るようになった。

そこには、あった。

新聞配達員募集の欄だった。

正直、採用されるとは思わなかった。

電話もかけたことはないし、面接もうまくしゃべられなかった。

しかし、なんとか新聞配達をできるようになったのだ。

初出勤の日。

今度は違う形で、安西さんに会うことになった。

「まずは、僕のエリアを一部やってもらうから」

今では、コンビニ店員のタツヤさんに新聞を届けるのは僕の番だ。

安西さんに負けない笑顔で、タツヤさんに届けよう。

こうやって、僕の一歩は踏み出していった。

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このページは、マス風が2010年12月12日 06:05に書いたブログ記事です。

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